リンドン.ジョンソンが公民権法に署名した日

7月2日の今日は1964年に民主党大統領リンドン.ジョンソンが公民権法に署名した日である。これは1950年および60年代の公的施設での人種隔離や、黒人及び少数派に対する投票権の抑圧、雇用の差別などに対抗するための画期的な法案であり、歴史上意義の深いイベントである。

公民権法の制定は、1954年のブラウン対教育委員会の裁判で、米国最高裁の首席判事アール.ウォーレンが、学校での人種隔離は憲法違反であると判定し、公的施設で人種隔離を強制することは人種差別であり、米国憲法改正法第十四条に違反すると宣告してからちょうど10年後のことである。1954年の最高裁の判定後も人種差別は途絶えることはなく、公民権運動の指導者となったマーティン.ルーサー.キング.ジュニアは、1963年ワシントンD.Cでの群衆の前で有名な「私には夢がある」スピーチを披露した。1963年11月 22 日に暗殺されたジョン.F.ケネディ(JFK)は、マーティン.ルーサー及び他の公民権運動の指導者の悲痛な声を真摯に受け止めていたことだけは確かである。

ジョンソン大統領は、暗殺されたJFKの意思を継いでこの法案に署名した。JFKは1963年6月、ホテルやレストラン、他の公的施設を全てのアメリカ人が平等に利用できることを保証し、更に、同等の投票権利を保護するための法案を制定する必要があるとするスピーチを行った。これは公民権演説と呼ばれている。それから半年も経過しないうちに暗殺されたJFKの後継者となったジョンソンは、下院での強烈な反対に直面し、上院でも熱心な論議を経て、JFKの公民権演説から約1年後に署名した。

歴史的に意義のある1964年の公民権法は、人種、性別による雇用や教育の機会による差別を廃止し、すべての公的施設での人種隔離を禁止した。更にこの法は米国憲法改正法第十四条に基づき、全ての市民の平等の権利を保証するため、幾つかの条項を定め、1965年には画期的な投票権法を確立する結果になった。

アメリカ・ウオッチ- Yuko's Blogをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む