飛行史上有名な謎の航空機失踪の例

先週マレーシア航空機370の捜索に参加している国は 14カ国であり、58の航空機と43の船艦が出動していると言われていたが、16日には25カ国に増えたことが判明した。これは前代未聞の大規模な捜索であるが、今後情報は益々錯綜する可能性がある。マレーシア当局は、ハイジャックの可能性を強く指摘しているが、 飛行機の地点、飛行機内で何が起きたのか、どのような確定的な証拠がハイジャックであると言えるのか明解な解答を提供していない。マレーシア航空機の消失は近年では稀に遭遇する不可解なケースであるが、飛行史上有名な謎の航空機失踪の多くの例は、人間の能力を超えた解明できない問題があることを示唆している。

1937年6月2日、女性初のパイロットとして知られるアメリア.イアハートはナビゲーターのフレッド.ヌーンアンと共に地球一周の冒険に旅立ったが太平洋上で行方不明になった。二人は大西洋を横断し、世界一周する予定であったが、二人が消息を断ったのは中央太平洋のハウランド島付近である。行方不明後、数百万ドルをかけた捜索の努力にも関わらず、彼女の飛行機の痕跡を発見することは不可能であった。二人の死亡が宣言されたのは1939年である 。

1947年8月2日に姿を消したブリティシュ南米エアーウェイズ の航空機がアンデス山脈に姿を消した。事件から50年以上が経過するまで11名の痕跡および機体の残骸は発見されなかった。飛行機はアルゼンチンのブエノス.アイレスからチリに向かって飛行していた。 2000年1月にアルゼンチンの登山者はアルゼンチンとチリ国境にあるトゥプンガト山で飛行機の残骸と遺体の一部を発見した。アルゼンチン当局は、墜落現場を調査した後に、厳しい天候が原因であると決定した。雪崩で飛行機は墜落し、雪に埋もれたことが50年以上も発見できなかった原因ではないかと言われている。長い飛行史上の顕著なミステリーとして記録に残っている。

1953年3月10日に消息を断った軍用機ボーイングB−47は、フロリダの空軍基地からモロッコへの飛行中、2回目の燃料補給をするため、雲に覆われた14,000フィート(4,267メートル)の空上で下降した後通信が途切れた。非武装の航空機は、核兵器材のカプセルを2つ搭載していたが、爆発しないシステムであった。しかし、航空機は爆発した可能性があったと報告された為、空軍は地中海で徹底的な捜索を実施したが、飛行機の残骸、核兵器材、乗務員を発見することはできなかった。また、墜落現場も発見されなかったため現在に至まで謎は未解決のままである。

1962年3月15日、米軍のチャーター.ロッキードL-1049(スーパー.コンステレーション)航空機は、兵士を含む合計107人を乗せ、カリフォルニア州のフェアーフィールドにあるトラビス空軍基地からベトナムのサイゴンに向かっていた。グアムで給油後、フィリピンのクラーク空軍基地に向かう途中に通信は機能不全となり失踪した。48の航空機および8つの船艦を利用した本格的な捜索が行われたが、機体の残骸を発見することも遺体を回収することも不可能であった為、全員死亡と推定された。現在入手可能な証拠から事故の原因を決定することは不可能である。

1974年10月12日、6人の乗組員を乗せたWC-130 気象偵察機は、フィリピンで台風ベスを調査するため、フィリピンのクラーク空軍基地を出発した。台風の中心に向かっていた途中、無線交信を失った瞬間に緊急事態を示す無線伝送はなかったという。捜索チームは、航空機および水上艦による4日間の懸命な捜索を行ったが、機体の残骸を発見することは不可能であった。発見されなかった 6人の乗務員は全員死亡と推定された。

1978年10月21日、20歳のフレデリック.バレンティチは、オーストラリアのバス海峡上でセスナ機182Lを操縦中に空上で失踪した。彼はキング島に着陸し、ムーラビン空港に戻ることを計画していた。当時、セスナ機が消えたその夜、UFOの目撃情報があったと伝えられた。当時、セスナ機およびバレンティチを発見することは不可能であった。しかし、5年後にシリアル番号のある航空機の残骸の一部がバス海峡で発見された。絶妙なタイミングと場所で捜索した一人のパイロットは、セスナ機からの残骸と思われる物を発見したため、単に暗闇の中で水中に墜落した可能性はあったが、その決定的な証拠は不足していた。

1979年1月30日、成田国際空港からリオデジャネイロ. ガレオン国際空港に向かったボーイング707-323Cは、ヴァリグが運営する貨物航空機であるが、離陸30分後にちょうど東京の約200Kmの地点で無線連絡を突然断った。貨物機には124万ドル相当の153点の絵画が積まれていた。捜索の結果、貨物機、6人の乗組員、及び絵画は発見されなかったが、後日、キャビン減圧による事故で全乗組員は死亡したと結論が下された。

謎の飛行機失踪は、接触を失った後に飛行機の位置が不明になり、手がかりを失う点で過去も現在のケースも共通している。マレーシア370便は比較的機体の幅が広く、機内にはラジオ、サテライト通信機能などの近代設備が整っていたと言われているが、近代のレーダー技術も完璧ではないことを示唆している。近年、天候予測の技術は向上していることもあり、全米の航空会社は氷雪や嵐などの自然災害の時期に、著しく多数の飛行便をキャンセルする事で事故を未然に防ぐことが可能になっている。従って、謎による航空機の失踪例が近年減少している要因を別の角度から考察すると、如何なる高度技術も自然の猛威には対処できないことを示唆している。

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