下院議長ジョン.ベイナーは数回オバマ大統領を告訴すると宣言した。事実、オバマ氏署名のアフォーダブル.ケア.アクト(ACA)の延期を理由に21日オバマ政権を提訴した。近年の大統領で、議会に告訴された人物は少なくとも5人存在する。ジミー.カーター、ロナルド.レーガン、ジョージ. ハーバート.W.ブッシュ、ビル.クリントン、ジョージ.W.ブッシュは事実上告訴に直面した。ほとんど下院議会に提訴された判例の結末は全て同じようなパターンであり、議会が大統領を提訴して成功した例はない。大統領に対する訴訟の近代史が示唆している事は何か?
1979年、上院議員のバリー.ゴールドウォーターは他複数の議員と共に、1977年1月から1981年1月まで39代大統領であったカーターを告訴した。これは、米国と中国が署名した両国間の相互防衛条約を上院の認可を得ずして、カーターが一方的に無効にした為、憲法違反であるとして米国最高裁に提訴されたGoldwater v. Carterの判例である。最高裁は1979年12月、大統領が議会の承認なしに条約を破棄する権力があるかどうか、条約停止に対する決議を通して議会が公式に論議できると判定し、政治的な問題であるため裁判所は決定できないとして判例を解散した。また、カーターは運河地帯をパナマに引き渡した為告訴された判例も含めて、複数の告訴ケースに直面したが議会が成功した記録はない。
1981年1月から1989 年1月まで 40代大統領であったレーガンはエルサルバドル、ニカラグワ、グレナダ、ペルシャ湾への介入を決定する度に議会に告訴された。1987年8月イラクとイランの戦争中、レーガンはペルシャ湾に米軍を派遣した為、110人の下院議会(主に民主党)の代表者が連邦裁判所に提訴した。原告は、その行為の条件を吟味し、米軍が差し迫った敵の領域にいることを議会に通知することを大統領に命令するよう裁判所に要請した。訴訟の目的は、ペルシャ湾でクウェート船を保護する政策を終えるためレーガン政権に圧力をかけるためであった。また、レーガンの政策はイランとイラク間の戦争に米国を引きずると懸念し、レーガンはペルシャ湾のクウェート.オイル.タンカーをエスコートする為、米軍を派遣したので、大統領の指揮権を制限する「戦争権限法」に違反していると主張した。1987年12月、ワシントンD.Cの米国地区裁判所はLowry v. Reaganの判例で、公正な判断が要求される政治的問題に「戦争権限法」の合憲性を決定する訴訟は当裁判所の管轄ではないとしてこの判例を解散した。また、1981年5月下院議会の29人は、議会の承認なしにエルサルバドルの軍事介入を決定したレーガンに対して「戦争権限法」に違反するとしてD.Cの連邦地区裁判所に提訴した。しかし、裁判所は原告側の主張に反して、同様の理由で裁判請求を却下した。
1989 年1月から1993年1月まで 41代大統領であったハーバート.W.ブッシュは、イラクがクェートを侵略した際サウジアラビアに米軍を派遣した。1990年にクェートを侵略したイラクを議会の認可なしに攻撃すると決定した為、50人以上の下院議員は大統領を告訴した。11月までには25万人の米軍が派遣されたが攻撃の様子はなかった。更に25万人の軍隊の派遣を決定した為、国連安保理事会は軍隊を撤退させるか何処かに移動させるよう命令した。最初に戦争宣言又は明白な議会の承認を得ることなく、イラクに対する攻撃を防ぐため、議会多数のメンバーは裁判所が大統領に停止命令を下すことを要請する訴訟を提起した。しかし、1990年12月、裁判所はDellums v. Bushの判例を(1)政治的な問題であり、司法挑戦の対象ではない。(2)原告(議員)は訴訟する法的理由がない。(3)訴訟の時期が十分熟していないとの理由により却下した。
1993 年1月から2001年1月まで 42代大統領であったクリントンは、コソボ(2008年の独立前ユーゴスラビアのセルビアに属した)に軍事介入する決定をしたため、17人の下院議員が提訴した。その中には、現在リバタリアンで2016年の共和党大統領候補の一人であるランド.ポールの父、ロン.ポールが含まれていた。彼らは、国民を代表する議会の認可なしに、一方的に軍隊を派遣する事は民主主義に反すると主張し、48時間以内の宣告なしに、コソボに対する軍事行動による戦争参加は米国憲法に違反すると主張した。下院議会は1999年5月25日までに敵対行為を止め、軍隊を6月24日までに撤退するよう大統領に要請した。1999年6 月Campbell v. Clintonの判例で、裁判所は議会が「戦争権限法」を通過していて、これは政治的問題である為、原告は告訴の理由がないとして聴聞を却下した。
2001年1月から2009 年1月まで 43代大統領であった二代目のブッシュに対して、下院議会は、2003年のイラク侵略の合憲性にチャレンジした。憲法違反であるとして起訴された判例はDoe v. Bushであり、原告側は下院議会、米兵、兵士の家族である。これは2002年10月に制定された「イラク決議に対する軍事力」 (MFAIR)に挑戦したものである。MFAIRはテロリズムに対する戦争宣言において、軍事力を行使する行政の権限を大統領に与えたものである。原告はイラクの軍事侵略を開始した大統領に対して、戦争を宣言せず戦争も行使しない議会はそのような戦争を遂行する権限を大統領に与えていないと主張した。しかし、マサチューセッツの米国地区裁判所は、原告の訴状は司法に関係のない政治的問題であると指摘した。また裁判所は議会がMFAIRを通過した事で、サダム.フセインを解任する権力をブッシュに与えたとして訴訟を却下し、2003年 2月に裁判を解散した。
近代史上、大統領に対する訴訟例の一部を見ると、国内および外交政策に関する政治的紛争の解決を裁判所に求めて成功した判例はないことを明白にしている。全ての裁判所が議会の訴訟を却下した主な理由は、大統領の決定が議会の承認を得ていない場合でも、起訴した議会は物理的および法的に損傷を受けていないことが主な理由である。また、重大な戦争に関する外交政策の問題さえ却下している為、裁判所は行政府と立法府間の政治的紛争に歴史的に関与しないという専門家の見解は正しい事を証明している。ベイナーがACAの遅延に関して提訴した例は、まさに純粋な政治的論争であり、彼の隠れた動機は政治的広報であると思う。いずれにしても税金の無駄遣いになる可能性が濃厚である。