FBIが関心を抱くメリルウ.ダンリーは国際的女性?

FBIはラスベガス大量殺戮事件の犯人スティーブン.パドック(右)の動機の手がかりを探っている中で、事件前に彼に会った人々の協力を求めている。彼を最も良く知っている可能性がある一人としてFBIが関心を抱いている人物は、犯人のガールフレンドであるメリルウ.ダンリー62歳(左)である。 FBIは、昨夜ロスアンゼルスに到着したこの女性に今日インタビューした。複数の証言者は彼女が社交的であると述べている。驚くことにメリルウはオーストラリアの市民権を持ち、数カ国を旅行する国際的な女性である。

昨夜ラスベガス法務執行当局は、死者数59名にはスティーブン.パドックが含まれているため、死亡した犠牲者数は58名であるとして誤解を明白にした。メリルウ.ダンリーは全米最悪の殺戮事件の真相を握る重要な参考人として、またFBIの「関心のある人物」としてインタビューを受けたが、現在犯罪容疑が提起されているわけではない。4日のニューヨーク.タイムス(NYT)によると、ダンリーは襲撃前から海外に旅行していたが、火曜日の夜に米国に戻った。今日ダンリーは 、約2週間前フィリピンに帰国させるため安い旅券を見つけたとパドックに言われた時、彼は別れるつもりだと思ったと述べ、大量殺戮の計画には気づいていなかったと語った。また「静かで親切で気遣う」彼女のボーイフレンドがラスベガスのホテルの部屋から屋外コンサートを襲撃し、58人を殺し、数百人を傷つけることができる人間であるとは思わないと述べた。メリルウは「彼が誰かに対して暴力を計画していたとは絶対に考えにも及ばないことです」と語った。100,000ドルの送金については、フィリピンで彼女と彼女の家族のために家を購入するよう言われたと語った。また、彼女は「私は母親であり祖母です。愛する人を失った全ての人のため私は傷心しています」と述べた。

オーストラリアのニュース.ステーションのインタビューで、メリルウの二人の姉妹は、彼女は襲撃の2週間前にフィリピンに送られたと話した。その一人は「彼は彼女を送り返す事で彼が計画していることを中断することがないようにした」と述べ 「その意味で、私は妹(姉)の命を惜しんでくれた彼に感謝します」と述べた。彼女らはメリルウがパドックと「恋に落ちている」と言い、襲撃に「おそらく私たちよりもショックを受けている」と述べた。また、彼女らはメリルウを「穏やかな魂」であると呼び、彼女の性格を保証した。彼女の家族や元隣人は、警察当局が大量殺戮事件後に彼女を探していることで名前が浮上したことにショックを受けた。

アンカーソー州フェイエットビルに住むダンリーの元義理の娘ディアーン.ウォルトリップは「彼女は多分私が今までに知っている中で最も幸せで、社交的で、活気に満ちた人たちの一人です。彼女に会ったことのある人は誰でも彼女を好きです」と語った。幾つかの報告では、メリルウはフィリピンで生まれ、オーストラリアで長年過ごし、結婚し、その後夫は他界したが、 彼女はオーストラリアの市民である。ダンリーに会った後、彼女はテネシー州メンフィスに移転した。メリルウはダンリーと1990年に結婚し、25年間結婚生活が続いた。メリルウは衣料品やジュエリーを販売する小売業に従事した。夫婦には前妻または前夫との間に子供たちがいた。彼らが結婚した時、ウォルトリップは20歳であった。メリルウには現在カリフォルニアに住む娘がいる。夫婦は引退した時ネバダに移住した。ウォルトリップは「彼らは凄く幸せでした。彼らはとても愛し合っていました」と述べた。しかし、結婚が終わる前、メリルウはスティーブン.パドックに出会った。彼女は2010年から2013年までカジノで働いており、パドックは高額賭けのギャンブラーであった。メリルウは頻繁にパドックに会い、食べ物を提供し、どのスロット.マシンの賭け率が良いかを教え「最終的に彼の通常のホスト」になった。また「それから、彼女はある日いなくなりました。私は幾人かの従業員に聞いた時、彼らは彼女がスティーブンと外出したと言いました」とカジノの従業員は語った。

2015年彼女はダンリー氏と離婚した。離婚申請書にはパドックが所有するリノのマンションの住所を記載した。NYTの取材報告によると、離婚前にダンリーが住んでいたネバダ州のスパークスにある丘の地区の隣人は、半年ごとの近所のパーティーに多量のフィリピン料理を作って持参するおしゃべりで社交的な人物であると描写した。地域の元住民の一人で、彼女の家から数軒先の隣人であった46歳の栄養士クリスティン.ライリーは「彼女はいつも料理していました」と語った。しかし、パドックとリノ一区に住んでいた時、そのカップルは社交的ではなかった。ダンリーの隣人で退職した財務アナリストのスーザン.ペイジは「彼らはいつも家にいて、日除けのカーテンはいつも閉ざされていたので、病気か何かであると思った」と語った。ペイジは「彼らは何にも参加しなかった。ここの人たちは誰でもお互いの家を訪問し、飲み、おしゃべりする付き合いがある 」と語った。ペイジは「彼らは不親切ではなかったが、ただ社交的ではなかった」と付け加えた。

メリルウ自身は友好的な人であるかもしれない。68歳の退職した歯科受付係のカニー.オゥレッドは時々地区のクラブハウスでのズンバ.クラスでダンリーと一緒になった。彼女はダンリーを温かい人柄で、年に数回海外に行き、フィリピンとロサンゼルスの家族を訪れる「世界の旅人」として描写した。また、オゥレッドは「彼女はいつも消えました。彼女は追跡するのが難しい人です。私たちはズンバにいて、そして突然『私は数ヶ月間去ります』と彼女は言い、戻ってくると他の場所を旅しています」と語った。パドックの弟エリック.パドックは彼の兄スティーブンはダンリーを愛していたと語り、彼女は兄のアレルギーを避けるため香水、ヘアー.スプレー、バブル.バスを使わないことで妥協していたと述べ、彼の兄は百万長者だったが、彼がお金を持っていたので彼女は彼と一緒にいるとは思わなかったと述べた。

フィリピンの移民局関係者はフィリピンのニュース組織にダンリーは香港に旅行するため9月22日にマニラを出発し、9月25日に帰国したと発表した。彼女がパドックと出会った正確な時期は不明であるが、パドックは彼女に深い愛情を抱いていたことについて、複数の情報源は同様に報告している。FBIによるメリルウ.ダンリーとのインタビューの情報は今後もっと公開されるはずである。メリルウの家族は彼女がこの事件には一切関わりはないと信じており、法務当局も単独犯行であるとの見方を変えていない為、パドックの動機を解明することは困難であるようだ。

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