南軍の旗の除去運動は何を意味しているだろうか?

US Navy to ban Confederate battle flag from bases, ships, aircraft ...By    Business Insider

州や都市の当局者及び幾つかの組織は最近、南北戦争の奴隷州のシンボルであった南軍の旗を除去し始めた。米国を二分した長い歴史の爪痕は、5月25日にミネアポリスでアフリカ系アメリカ人男性が白人の警察官によって殺害された後に再度滲み出た。奴隷制度の象徴であった記念碑や銅像は除去されているが、米史上の紋章の一部である南軍の旗の除去も時が来ている。南軍の旗を今後も米国の南部州で展示し続けることの意味はなんだろうか?

米国合衆国を分裂した南北戦争前後の奴隷州はアラバマ、アーカンソー、フロリダ、ジョージア、ルイジアナ、ミシシッピー、ノース.キャロライナ、サウス.キヤロライナ、テネシー、バージニア、テキサスの11州である。1950年代から60年代にかけて公民権運動が白熱した時代に、その反動として、白人のナショナリズムと白人至上主義運動も台頭し、これら南部州は南軍の旗を展示し始め、それは今日まで続いている。南部州は1861年から1865年までの南北戦争中にデザインが異なる3つの国旗を使用した。1863年から65年まで使用された南軍の旗はステインレス.バナー(シミのない旗)と呼ばれ、約70%の表面は白の空白のデザインであった為、白人至上主義を強調するシンボルであるとして、非常に論争的な旗である。

幾つかの州又は都市は、人種の正義と平等を求める強烈な抗議活動に押され、最近、南軍の記念碑は除去され始めたため、旗も同様の運命に直面している。27日、ミシシッピー州の共和党知事テート.リーブスは、初めて州議会が南軍の紋章を取り除くための法案を通過した場合、署名すると宣言した。フェイスブックへの投稿で、リーブスは議会が新しい州旗を検討しているものの何日も行き詰まっている。1894年の旗をめぐる議論は「終わらせる時」がきたと書いている。折しも、ミシシッピー州では27日、共和党主導の両院の大多数は、現在の旗を削除し、それを南軍の図像のない新しいデザインに置き換えるための措置に投票することに同意した。長年保持した戦旗を完全に放棄し、全く別のデザインの州の旗として新たに出発することを示唆した同州の変化の意味について、下院議長代理のジェイソン.ホワイトは、南軍の旗を掲げることを強く反対し、その旗は「憎悪の象徴」と見られるようになったと述べた。又、「旗を変えることにより、私たちは建国の原則を放棄しません。正しいことをすることでそれらをより完全に受け入れます。私たちは創設の父のビジョンから遠ざかっていません。彼らに近づいています。 私たちは遺産を破壊するのではありません。それを実現しています」と言った。法案の最も強固な反対者の一人である州の上院共和党議員クリス.マクダニエルは「それがどのように私を人種差別主義者にするかわかりません。それがどうしてひどい人間になるのかわかりません」と述べた。又、旗を変える試みは「建国の価値に挑戦する努力の一部」であり「有権者が決定することを許されるべきである」と言った。

6月初旬から、南軍の旗を除去する運動は始まっており、米国海兵隊は6日、公共の場所に展示されている全ての南軍の戦闘旗を施設から取り除くように指示した。全米ストック.カー.オートレース協会(The National Association for Stock Car Auto Racing)又はNASCARは10日、すべてのイベントと施設で南軍の旗の展示を禁止すると発表した。テキサス州ラレード市の市議会は6月15日に市の建物、車、制服、ロゴから「反逆の旗」の記章を削除することを投票した。最も重要な例は、大きな「反逆の旗」がラレード国際空港の床に展示されている。ミシシッピー州ローレル市の黒人市長ジョニー.マギーは25日、エモーショナルな表情で、南軍の戦闘旗を含む全ての紋章を全都市所有の建物から削除する行政命令に署名した。この様子は複数のテレビ.ニュースが伝えた。公民権の時代にミシシッピー州で育ち、ローレル市で生涯暮らしているマギーは、集まった市の職員らに「この旗で幾つかの事を生き抜いた」と語った。

2015年から、サウス.キャロライナを含め、幾つかの州はすでに南軍の戦旗を除去している。南軍の旗は、奴隷制度で経済を支えた南部と工業で近代化を目指し、奴隷制度に反対した北部と米国を分裂した。世界の中で、奴隷制度は米史上、奴隷を人間として扱っていなかった最も非道な側面があった。現在、ローレル市の黒人市長のように旗が今日まで何十年間も人生の支えになっていた人々もいる一方で、憎悪の象徴であると感じた人々もいることは紛れもない事実である。南北戦争は、米国を分裂させた最も暗い歴史の一部である。そのような意味で、合衆国の分裂を先導した南部の旗を永遠に展示する必要があるかどうかは疑問である。展示することから博物館に保管することへの移行は、時代の変化に伴う要求である。

アメリカ南北戦争博物館によると、一般的に南軍の旗は「遺産と憎しみ」又は南部の「遺産は憎しみ」又は、南部は「憎しみの遺産」を保持しているとの解釈がある。しかし、旗のシンボルは、それらの「用途の認識から意味を導く」ことが多い。南軍の旗が導入されてから、156年以上の間に多様な用途があり、様々な意味があった。今日「南軍の旗」と呼ばれているものは「赤の生地に青い斜めの十字が入り、その中に星が散りばめられたデザインが特徴である。バージニア北部の南軍の将軍ロバートE.リーがリーダーになった時、南軍議会は1863年5月に北バージニア軍(ANV)の戦旗を新しい国旗として承認した。このオリジナルの戦旗は、戦時中にそれらを運んだ南軍の兵士に関連性があると理解されている。憲法の規定に基づき「兵士の旗は政治的な旗でもあり、奴隷制の擁護と永続化に献身した国の独立」に深く関連していた。ANVの戦旗は、連合軍の退役軍人、その後に南軍の退役軍人のロゴになった。

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