アンドリュー王子の隣にいるマクスウェル: By Tim Graham/Getty Images
ジェフリー.エスプタインの死後、調査の対象になっていた長年のパートナーであったギスレイン.マクスウェルは2日に捕逮され、起訴されたことが報告されている。上流階級の世界で生まれ育ち、二カ国の市民権を持ち、広範な国際交流のあった女性が14歳を含む未成年に対する性犯罪を援助し加担してきた。起訴状は、彼女が少女達をリクルートしただけでなく、その性的虐待の全ての側面で、エスプタインを援助していたという驚異的な犯罪の一部を詳細に描写している。家族の稀な不幸に遭遇し、犯罪とはほとんど無縁であるべき社会で生きたマクスウェルはその後、エスプタインの未成年者に対する性犯罪の中心的役割を果たした。
同日のワシントン.ポストによると、「メディア王であるロバート.マクスウェルの娘」ギスレイン.マクスウェルは木曜日ニューハンプシャー州で逮捕された。彼女は未成年の少女を雇用し、性犯罪と虐待の容疑で逮捕され、昨年夏、連邦監護中に自殺した性犯罪者ジェフリー.エプスタインの長年の親友である。木曜日に封印された大陪審の起訴状は、エプスタインの為に、性行為に従事させる目的で未成年者を雇用した容疑と偽証罪で起訴された。彼女はエプスタインによる少女虐待に「重要な役割」を果たした。起訴状は、少なくとも1994年以降、マクスウェルが「複数の未成年の少女たちに多様な手段と方法を通して、エプスタインとの性行為に従事するように誘い指示した」と主張している。ニューヨーク南部地区の連邦検察官代理を務めるオードリー.シュトラウスは、マクスウェルのケースは2000年代初頭に性的虐待の疑惑がもたれたエプスタインに対する昨年の起訴の「前編」であると述べた。シュトラウスは「マクスウェルは、エプスタインによる虐待のために未成年者の被害者を特定し、友好的に世話し、身づくろいの援助をする上で重要な役割を果たした。幾つかのケースでは、マクスウェル自身が虐待に参加した」と述べた。
彼女は「広範な国際的つながり」があり、2か国で市民権を持ち、彼女の名前で3つのパスポートを保持している為、彼女は逃亡する可能性があるとし、検察側は裁判を待つ間、彼女を拘束するよう要請した。政府の拘禁メモは、58歳のマクスウェル容疑者が有罪判決を受けた場合、35年の懲役を受ける可能性があり「絶対に米国に留まる理由はない」と主張している。又、検察はエプスタインの調査がまだ終わっていないことを指摘し、エプスタインの未成年者虐待の被害者または目撃者がFBIに連絡するよう要請した。FBIニューヨーク事務所の責任者であるウィリアム.スウィーニーは、マクスウェルを「エプスタインの物語の悪役の1人」であると言い、彼女がニューハンプシャーの「豪華な不動産」に逃げた後、捜査官らは密着監視を行ったと述べた。起訴状には、マクスウェルが14歳の少女を含む未成年者とエプスタインとの間で関与し、「未成年者の性的虐待を正常化しようとした」と記載されている。
更に、この起訴状には性的虐待の犠牲者の一部の情報が含まれている。エプスタインの招待により、ニューメキシコから飛行した当時18歳の女性は「未成年被害者-2」と呼ばれ、エプスタインの「自発的マッサージ」を行う時「トップレス」であった。マクスウェルは1994年から1995年の間にロンドンで会った3人目の犠牲者を誘惑し、少女にマッサージ中に性行為を奨励したことも起訴状で告発されている。又、マクスウェルは2016年に容疑者の1人である弁護士から未成年者との性行為に関与したと告発された時、否定し、虚偽の証言をしたと起訴状は非難している。エプスタインの性的マッサージのため未成年の女子を募集する計画があったかを聞かれたマクスウェルは「私はあなたが何を言っているのかかわかりません」と答えた。シュトラウスは、誘惑し、彼女を信頼させ、彼女とエプスタインの罠にはまった未成年の女子を犠牲にした性的虐待の「真実を語る」ことはほとんどできないと述べた。エプスタインの被害者数十人を代表するグロリア.アレッド弁護士は、マクスウェルが「少女の性的人身売買を手助けし、勧誘の役割を担っていたことを法廷で提示された証拠が合理的な疑いを超えて証明され、説明責任を負うことを望んでいる」と述べた。拘束中に自殺した金融家のエスプタインに関する調査はまだ継続中であり、彼の旧友の一人である英国のアンドリュー王子から調査のための協力は得られていないという。
性犯罪の調達人となったマクスウェルは、1961年12月25日にフランスのメゾンラフィットで、学者の母であるエリザベスとチェコスロバキアで生まれ、イギリスでメディアの所有者となった父のロバート.マクスウェルの間に9番目の子供として生まれた。彼女は、兄のマイケルが自動車事故に遭遇した2日前に生まれた。当時、兄のマイケル(15歳)は1967年に亡くなるまで、数年間長期的な昏睡状態であった。ギスレインはまだ幼児の頃に拒食症になった事も含めて、この事故は家族全体に深い影響を及ぼした。子供の頃、ギスレインは家族とともに53部屋の大邸宅であるヘディントン.ヒルホールのオックスフォードに住んでおり、そこには彼女の父であるロバートが運営する出版会社のオフィスもあった。彼女の母親は、すべての子供たちが英国の国教会で育ったと述べた。彼女はマールボロ大学とオックスフォードにあるバリオール大学に通った。幾つかのメディアは、マクスウェルは彼女の父親と「異常に密接な関係」があり、彼女の父親に最も愛された。彼女の父はギスレインが大学生の頃、ボーイフレンドを家に連れ帰ったり、公的に彼らが一緒にいることを許可しなかったと伝えた。
マクスウェルは1980年代にロンドンの社交界で著名なメンバーであった。彼女は女性クラブを設立し、父親の所有するオックスフォード.ユナイテッド.フットボール.クラブの理事を務め、父が始めた出版物The Europeanにも取り組んだ。1986年、ギスレインの父親は、彼女の名誉に敬意を表し、彼女をオランダの造船所にある彼の新しいヨットに招待した。1980年代後半にマクスウェルは、ジャグジ、サウナ、ジム、プライベート.ディスコを備えた父親のヨットで長い時間を費やしたと報告されている。又、彼女の父はマクスウェルのためにニューヨークの会社を彼女に贈与したが、収益性はなかったという。ギスレインの父は1991年1月にニューヨーク.デイリー.ニュースを購入した後、マクスウェルは彼の使者として行動するために彼女をニューヨーク市に送った。1991年5月、マクスウェルと彼女の父親は、ニューヨークでビジネスを開始した。同年11月、ロバート.マクスウェルの遺体がカナリア諸島と「レディ.ギスレイン」と名付けた彼の豪華ヨットの近くの海上に浮かんでいるのが発見された。彼女は父の死亡直後、米国に移住し、エスプタインと懇意になった。マクスウェルは2012年に海洋擁護組織The TerraMar Projectを設立したが、ニューヨーク連邦検察事務所が性的人身売買でエプスタインを告発した1週間後の2019年7月にこの組織を閉鎖した。
マクスウェル.ギスレインの父、ロバート.マクスウェルはナチスから逃れた正統派ユダヤ人であり、貧困から出版界の大物になった人物である。彼の死因はヨットから海に落ちたと言われているが、年金基金の不正流用を含め、彼の会社の財政には大きな不一致があったことが彼の死後に判明した。ギスレインは、イギリスの上層階級における社交界で知られており、米国ではジェフリー.エプスタインとの関係で知られるようになった。マクスウェルは2019年12月下旬にエプスタインの調査を始めたFBIの調査下に置かれた。エスプタインの未成年性犯罪の最もショッキングな要素は、その犯罪の中心人物が上層社会で生まれ育ち、華やかな世界で生きていたということである。エプスタインとギスレインは、英国のロイヤル.ファミリーのメンバーの一人であるプリンス.アンドリュー及び米国大統領とさえ交流があったことを示唆する多数の画像記録がある。不幸な兄の死と父の突然の死に遭遇し、極端に異なる人生に至ったマクスウェルがどのような女性だったのか不可解な要素は幾つかある。知的レベルの仕事にも関与した彼女は、最終的に未成年性犯罪の共謀者として告訴される運命を辿った。彼女の人生がどこで狂ったのか、深い謎を残している。