
後年、憲法の父と呼ばれたジェイムス. マディソンは、アレクサンダー.ハミルトンおよびジョン .ジェイと共に「ザ.フェデラリスト文書」を執筆することで、憲法の批准に大きく貢献した米国の第 4 代大統領である。
米国合衆国の第4代大統領:ジェイムス.マディソン
誕生と他界年:1751年3月16日〜1836年6月28日
生誕地:バージニア州コンウェイ
就任の時期:1809年〜1817年
副大統領:ジョージ.クリントン、エルブリッジ.ゲリー
政党:民主共和党
学歴:1771年にプリンストン大学(旧:ニュージャージー大学)を卒業
有名な表現:”If men were angels, no government would be necessary.” (男性が天使だったら、政府は必要ないでしょう)
マディソンはジョージ.ワシントンを含めて、米国を運営する為の規定と法律を定めた米国憲法に署名した二人の大統領の一人である。彼は、1776 年にバージニア憲法の策定や大陸会議に参加し、バージニア州議会の指導者であった。また、彼は憲法が十分に個人の権利を保護すると思った事はなかった為、言論の自由、宗教の自由、陪審による裁判の権利を保証する権利章典(最初の10の憲法修正) を可決するよう議会に押し出した。
珍しい話(1):マディソンは大統領時代に戦争を指揮した最初で最後の大統領である。星条旗は、最終的に米国が勝利した1812年の米英戦争中にボルチモアでイギリス軍がフォート.マクヘンリーを砲撃したことについての詩である。
珍しい話(2):マディソンは身長5.4フィート、体重100ポンドで、すべての大統領の中で最も小さく、非常に小柄であった。彼はニッカーズの着用をやめ、長ズボンの着用を開始した最初の大統領である。
珍しい話(3):ジェイムス.マディソンは、憲法の作成に非常に努力した為、憲法の父と呼ばれた。しかし、マディソンは、後年、彼が「憲法の父」と呼ばれた時、その文書は一人の頭脳によるものではなく、憲法は「多くの人々の頭脳と多くの手によって達成された作品」であると抗議し、努力した他の人びに名誉を与えた。
珍しい話(4): マディソンの肖像は稀に見る$ 5,000札の通貨で表示されている。まだ流通しているものもあり、非常に良好な状態のお札は2010年のオクションで10万ドル以上の価値があった。
二期目の大統領職を終え1817年にホワイトハウスを去り、バージニアの家に引退したマディソンはチェスをしたり、ラテン語やギリシャ語の文学を元の言語で読んだりすることで過ごした。ジョージ.ワシントンやトーマス.ジェファーソンとは異なり、多くの趣味はなかったが、ジェファーソンのバージニア大学の設立および奴隷制度を終える為に援助することで多大な貢献をした。