グローバル的反移民感情の波は鎮静化したか?

2010年頃から少数民族及び移民文化の伝統は尊重されなくなり、反移民感情がグローバル的風潮になってきている。西洋諸国では移民の数は圧倒的に増え、人種差別や移民流入阻止の動きは、非現実的であり、無益であるとの共通した国際的視点があるにも関わらず、米国、フランス、イタリア、ドイツ、イギリスなどの主な先進国を始め、他多数のヨーロッパ諸国で反移民問題が選挙の論争になることも頻繁に見られる傾向である。

10年以上前、通貨の危機や世界的経済不況で、少数民族や移民がスケープゴートにされやすいのはアメリカも同じような傾向にあったが、グローバル的不景気は少数民族や移民に直接大きな影を落としていた。また、欧州連合は西洋又は白人以外の移民はほしくないことを露骨に表明するようになり、習慣や文化の違いによる人種差別や人種偏見が目立つようになってきていた。特に9.11後、自国の安全性が過度に強調されるあまり、少数民族及び移民に対する敵対意識は正当化されやすく、辛らつなケースでは人権問題の論争を招いていた。

フランスでは盛んな反ジプシー運動が展開していた。2010年10月、東部ヨーロッパから西部に移住してきた1,000人以上のジプシー移民は、数ヶ月間で国外追放されたことで、国際的批判が高まった。欧州連合国の市民であるジプシーの追放政策を打ち出したフランスでは、帰化から10年に満たない外国人で、政府役人又は警察当局に対して暴力犯罪を犯した者はその帰化を取り消す法律が提案された。また、同国の新法は、イスラム教徒の女性が公的場所で顔全体を覆い隠すベールを使用することを禁止する方針であった。オランダやスペインも同じ法の制定を提案していた。反ジプシー移民運動はイタリアでも同様であった。ジプシー移民の犯罪が増えていることを理由に、ミラノ当局は、ミラノ市で最も大きなジプシーの移民家族が住む貧民地区の小屋を次々にブルトーザーで取り壊したとの報道もあった。ヨーロッパ人と比較するとジプシー移民は肌の色が黒いと強調されていた当時、この取り壊しを担当するミラノの副市長の最終的な目標は、ミラノにジプシー移民の地域社会を完全に無くすことであった。

又、2009年イタリアでは、アフリカ北部からの亡命者の入国を防ぐため、欧州連合国以外の移民の労働ビザの発給を停止した。市民の反移民感情には仕事を移民に奪われている、犯罪率が上がっている、時間を大切にする伝統が妨害されているなどの理由をあげており、近年の西ヨーロッパの中で、ミラノは反移民感情が一番強い地域であると当時のワシントン.ポストが伝えた。ドイツでは、イスラム教徒の移民は社会に貢献することより、経済的に負担をかけていると思われている風潮が強く、ドイツに在住している移民は歓迎されていない。ドイツ人は自分達の文化を保持することを望むが、イスラム教徒と融合することは望んでいないことも大きな原因のようである。ドイツ人は、アラビア語や女性が纏うスカーフなどのような文化は受け入れない傾向がある。ベルリンでは、イスラム教の礼拝堂建設や移民への福祉を削減する政策に焦点をあてる新党も台頭していた。ドイツ国民による反イスラム教移民感情は、教育レベルが低いこと、融合性に欠け、非生産的であり、ヨーロッパで最大の経済を台無しにしているとする偏見に基づいている。キリスト教の地域社会は、一般的にトルコやアラブ諸国のように違う文化を持つ移民はドイツ人の生活様式を受け入れる事が困難であるとの通念があるようだ。

移民に肯定的な政治家や経済学者は、熟練労働者を確保するためには、ヨーロッパ諸国以外からの移民受け入れを拡大し、移民を増加すことで、ドイツの老齢化や労働力の低下を解消できると主張していたが、この論議は非常に長い間続いている。結果的に、ドイツは2008年から他国に移転する人口数の方が、ヨーロッパ諸国以外からの移民受け入れ数より増えており、実際に経済上必要であり、理想的な「人口構造の逆現象」が起きていると報告された。また同時期にダウ.ジョーンズ.サービス紙はアメリカとは異なり、ドイツの「イスラム教国からの移民は、平均的に教育レベルも低く、貧しく、無職で福祉に頼る者が多い」ことや、「ヨーロッパの単純作業を担う労働者クラスは、イスラム教国からの移民で占められている割合が多いことも移民問題の一因になっている」と述べている。

ポスト紙によると、イギリスは、保守派が主体となった新連合政府が失業率を下げる為、欧州連合国以外の移民の受け入れを一時的に停止し、外国人雇用を減らす構えを示しており、「アメリカ人でさえ、長期の労働ビザ取得が難しくなる」可能性があった。アメリカが移民に反対する理由と同様で、イギリスでも病院や学校などの公的サービス機関でスペースがなくなってきているというのが一般的な苦情のようであった。総体的に、自国の言葉や血縁を重んじる有権者は、ヨーロッパ諸国の多くの都市でモスク崇拝者や伝統的なイスラム教徒の衣装に身を包んでいる人口が増えている状況に反発しているようであった。2010年に、政治的な反イスラム運動はオランダ、スウェーデン、スイス、オーストリアでも成功を収めていた。 

移民に対する反感情と偏見は、現在もほとんど変化がない。ドナルド.トランプは2016年のキャンペーン当時から、メキシコからの移民は米国に薬物を持ち込み、メキシコ政府は暴漢者や犯罪者を米国に送り込み、良い人々を送っていないと主張していた。移民が悪の根源のように扱われている現在の西洋諸国の風潮をどうみるべきか? アメリカと同様、安全性の過剰強調に見られるように、9.11の後遺症も理由の一部として考えられるが、三つの側面において人類の歴史は何の変化も進歩もないと思われる。ひとつは、国籍、人種、皮膚の色、宗教及び言語を含む文化の違う「他人」に対する恐れと猜疑心である。もうひとつは、自分の文化がもっとも優れ、「他人」の文化は自分のものより劣ると無意識に信じる人間のエゴイズムである。最後に、移民又は外国人という「他人」に対する恐れ又は嫌悪感、あるいは猜疑心を正当化するため、何らかの責任の矛先を「他人」に向ける人間の身勝手さである。これら奥底に潜む人間の本質が目に見えない因果となって、人類は戦争の名のもとに殺戮を繰りかえしてきた。

ヒトラーによるユダヤ人やジプシーの大量虐殺は、まさにこれらを象徴した歴史的一例である。ヒトラーは、誇り高きインド.ヨーロッパ語を駆使した先祖を持ち、ブロンドの髪、青い目、そして、白い肌のアーリア人種が世界で最も優れていると信じていた。また、1920年代後半から1930年代初期の世界恐慌時代、ドイツの経済不況は世界の金融を牛耳るユダヤ人に究極の責任があると信じていた。移民又は外国人を別の世界の「他人」として見る人間の本質が変わらないかぎり、程度の差こそあれ、人類の歴史は紛争から開放される事はないと思わせる現実を見ている。近年、カナダを含めて、幾つかの国では移民の受け入れを増加した国もあるが、実際には移民の受け入れは世界的に減少した事をギャロップが2020年9月に伝えた。今年、米国ではバイデン政権が、特に合法的移民を大幅に増加する計画があると公表したことはご承知の通りである。

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