ハイチ大統領のジョベネル.モイーズは2017年に選出された元ビジネスマンである。暗殺の動機は現時点で不明であるが、彼は権威主義への道へ進む形跡があった。フロリダの南東600マイルのカリブ海にある島の西部にあるハイチは、絶望的なほど荒廃し、不穏の絶えないた国である。これまで判明している事実は、この国が非常に悲惨な国であることを示唆している。暗殺されたジョベネル.モイーズについて、暗殺者および暗殺の状況について、暗殺の理由を示唆する状況、政治.経済.社会的状況、ハイチの政治的背景と米国との関連性などについて整理すると、暗殺の背後にあるものが漠然と判明する。
ジョベネル.モイーズとは誰か?
ハイチの起業家兼政治家である1968年6月26日生まれのジョベネル.モイーズ(53歳)は2016年11月の選挙で勝利した後、2017年2月に大統領に就任した。彼は2019年に政情が不安定の危機の中で、辞任の要求に直面していた。彼は2000年代の初めから、有機バナナ生産の農業プロジェクトの開発を開始し、次に飲料水プラントの事業を行った。2012年には農業プロジェクトとして、バナナ農園の建設を支援し、数千人の雇用を創出することを目指していたが、2015年までにその20%しか達成できなかった。当時のミシェル.マテリ大統領は彼が設立した政党である中道右派のハイチ.テット.ケール党(PHTK)の大統領候補としてモイーズを指名した時、彼は2015年に政界入りした。2016年2月、マテリ大統領は任期の終わりに辞任した為、議会は特別選挙を行い、ジョスレルム.プリベールを暫定大統領として任命し、新しい選挙が行われた。選挙当局は、2016年11月27日にモイーズが2016年の選挙に勝利したことを確認した。
暗殺した容疑者とは?
ジョベネル.モイーズは7日に首都ポルトープランスの郊外にあるペシオンヴィルの私邸で武装集団によって暗殺された。夫人のマルティーヌは負傷したが、安定した状態である。現在、動機は不明である。武装集団の容疑者数は、情報源によって異なり、6人または7人である。4人は警察によって殺害されたが、2人は拘束されている。拘束されている米国市民のジェイムス.ソラージュはアメリカ市民であり、別の1人はハイチ系アメリカ人 である。他の暗殺者の名前は公開されていない。この暗殺は周到に計画され、スペイン語を話す「外国人」であると言われている。8日のニューヨーク.タイムスによると、ハイチ当局はソラージュが最初の犯人追跡中に、7日に逮捕された「南フロリダの居住者」であると説明した。ハイチの警察署長レオン.チャールズは、攻撃に使用された可能性のある5台の車両が押収されたが、そのうちの幾つかは民間人によって焼かれたと述べた。カール.ヘンリー.デスティン裁判官は、 加害者が米国麻薬取締局の代理人を装ったと語った。米国とハイチの当局者はどちらも、麻薬取締局とは無関係であると述べた。
殺人の状況
8日のワシントン.ポスト(W.P)によると、モイーズ大統領は水曜日の午前1時ごろ、当局者が「コマンド」と名乗っているグループに攻撃された。デスティン裁判官は「寝室が略奪され、大統領の体に12個の弾丸の穴が見つかり、傷は、9ミリの弾丸を発射する大口径の武器による」とハイチの新聞ルヌーヴェリストに語った。銃撃があった時、自宅にいた娘のジョマーリーは兄の寝室に隠れていた。攻撃者らは、入居時にメイドと別の労働者を拘束した。当局は「5.56 mmと7.62 mmの砲弾がゲートハウスと住居の間に多数散らばっている」状況を発見したと言った。
暗殺の理由を示唆する政治、経済、および社会的状況
反対派は2017年の就任後から、彼が辞職するよう圧力をかけていた。W.Pによると、ハイチについて広範囲に書いたバージニア大学の政府および外交の教授であるロバート.ファットンは「彼には明らかに多くの敵がいた。大統領を保護する人々の側にはある程度の共謀があったかもしれない」と言った。ファットンは「過去30年間は次々と災難に見舞われてきましたが、今ではさらに深刻になっています。首相の地位を争う2人の個人がいます。経済はひどい状態にあります。誰もワクチン接種を受けていません。警察は完全に細分化されており、ギャングの一部のメンバーは元警察官です」と述べ、セキュリティは最悪の状況であることを示唆した。また、人口の60%は1日2ドル未満しか稼げない国であり、インフレが急上昇し、食料と燃料が不足していることに加えて、コロナウイルス蔓延の状況は悪化し、首都で暴力団が急増している 。危機の安定をもたらす可能性があったかもしれない同国の最高裁判事は、最近Covid-19で死亡した。
ハイチの政治的背景と米国との関連性
米国はハイチを1915年から1934年まで占領し、近年ではビル.クリントン政権とジョージW.ブッシュ政権下で、不安定性と制度的崩壊による秩序を回復するため、軍隊を派遣したこともある長い歴史がある。ジョブネル.モイーズ大統領が殺害される前の数か月間、国民の不安は高まり、彼の政策を支援する風潮は弱くなっていた。7日のニューヨーク.タイムスによると、彼は国の憲法を書き換え、在職中のあらゆる行動に対して、ハイチのリーダー達に「免責を与える」ことなどを追求しており、民主主義が崩壊する危機を示していた。批評家は、彼が「国を権威主義的支配への道に導いた」と非難した。モイーズは 3月のタイムスへの電話インタビューで、「機能するシステムが必要です。現在、システムは機能していません。大統領は(政策を)送り届けるために働くことができません」と言った。重要な支援をしていた米国はハイチに「技術的に可能な限り、早く大統領選挙と議員の選挙を実施するよう国に求めており、モイーズが提案した方針に沿った新しい憲法を起草する事に反対」していた。バイデン政権の国務省長官アントニー.ブリンケンは、6月の下院外交委員会の公聴会で、ハイチへの対応は「より厳しい姿勢」であることを概説した。ハイチの人々はモイーズの政策および腐敗に「批判的」であったが、大多数は「新しい憲法が必要である」と述べていた。現在のシステムでは、頻繁に「摩擦と政府の崩壊につながる大統領と首相の2つの競合性」が顕著であり、憲法草案は5年ごとに選出される単一の立法機関を残し、上院を廃止し、政府を合理化するため首相のポストを副大統領に置き換えることであった。
要するに、ハイチも中央アメリカと同様に、貧困であるというだけでなく、政治および経済的不安定性に加えて、ギャングによる暴力が横行する国である。大統領暗殺は、全ての政治、経済、社会的な側面での崩壊および憲法の危機に直面していたことを示唆している。また、ハイチは2010年1月のマグネチュード7の地震で、推定22万人が死亡し、約30万人が負傷し、約150万人が避難した。この地震は、同国をほぼ永久的に障害の国にしているという悲惨な背景がある。暗殺前後に、人口1,000万人を超える貧困の国ハイチでは、2人が首相の地位を争う権力紛争の激動の中で、国民の不安と緊張は高まっているようである。