
By PBS
第13代大統領ミラード・フィルモアは貧しい小作人の子として、ニューヨークのフィンガー・レイクスの丸太小屋で生まれた。家族の生計を援助するため、学校に通うかわりに就労しなくてはならなかった彼は、利用可能な多数の本を読むことで独学に専念した。彼は17歳で6か月のグラマー・スクールを修了し、当時19歳だった教師のアビゲイル・パワーズへの恋に陥った。彼らは最終的に結婚した。丁寧な性格であったフィルモアは、後に彼自身が教師となり、事務官として法律の仕事を学んだ。その後、ニューヨーク政府の議員として奉仕し、1848年に副大統領に選出されるという稀な背景のある努力家である。突然の大統領の死によって、後継者になるが、奴隷制度で米国が二極化していた中で、1850年の妥協(Compromise of 1850)に署名することで、米国の統一を試みた。しかし、彼の試みは、その逆効果になり、奴隷制度に対する米国人の怒りを爆発させた有名な本の出版につながった。
米国合衆国の第13代大統領:ミラード・フィルモア
誕生と他界年:1800年1月7日 – 1874年3月8日
生誕地:ニューヨーク州フィンガー・レイクス
就任の時期:1850年7月9日 – 1853年3月4日
副大統領:存在しない
政党:ウイッグ党(最後の大統領)
有名な表現:”It is not strange to mistake change for progress.” (変化を進歩と間違える事は不思議ではありません)”An honorable defeat is better than a dishonorable victory.” (名誉ある敗北は、不名誉な勝利よりも良いです)”The man who can look upon a crisis without being willing to offer himself upon the altar of his country is not for public trust.” (彼の国の祭壇に自分を捧げる意思なくして、危機を見つめることができる人は、公共の信頼のためではありません)
珍しい話(1): 学歴が全くなく、本を読むことで自身を磨いたミラード・フィルモア大統領とファーストレディのアビゲイルは初めて、ホワイトハウスに図書館を設立した。
珍しい話(2):フィルモアは日本との貿易の道を開くことに成功した最初の大統領である。彼はマシュー・ペリー提督を日本に派遣し、アメリカとは何の友好関係もなかった日本人にアメリカとの取引を開始するよう説得した。日本人は、簡単に承諾しなかったものの、結局ペリーは交渉に成功し、日本は米国の海運に港を開いた。
珍しい話(3):1917年にNew York Evening Mail の記者、ジャーナリスト、風刺作家、文化批評家であったヘンリー・ルイス・メンケンは、フィルモアが1851年にホワイトハウスの浴槽を導入した最初の大統領であると述べた。メンケンは後にフィルモアの浴槽の話を撤回し、「私の動機は単に戦時中に無害な楽しみを味わうことでした。それが真剣に受け止められるとは思いもしませんでした」と語った。実際には、第4代大統領ジェイムス・マディソンは1814年にホワイトハウスで最初に入浴したとの説もあるが、当時、水はストーブで加熱され、バケツで運ぶ必要があった為、実際の配管工事は1834年にアンドリュー・ジャクソン政権時代に行われたという。
珍しい話(4): 貧困から富裕者になったため、文字通りアメリカン・ドリームを達成した米国の指導者の一人である。
ミラード・フィルモアは1937年3月から1843年3月までニューヨーク32地区を代表する米国下院議員であり、1841年3月から1843年3月まで、下院方法/手段委員会の委員長を務めた。また、1848年の選挙で、副大統領に選出され、 1849年3月4日から1850年7月9日まで副大統領を務めた。突然、第12代大統領ザカリー・テイラーが死亡した1850年7月9日から1853年 3月 4日まで、フィルモアは第13代米国大統領として貢献した。彼は現職大統領の突然の死により、大統領になった2番目の副大統領である。彼が大統領に就任した時、奴隷制度問題で米国は分裂していた。彼が署名した法律である「1850年の妥協」は、奴隷所有者が暴走した奴隷を北部の州で追い詰めることを可能にした為、その法律は奴隷制に反対する全ての人を激怒させた。ハリエット・ビーチャー・ストウは、奴隷制の恐怖と不公正についての物語を描いた小説アンクル・トムの小屋を出版する結果になり、多くのアメリカ人が奴隷制に益々反対し、その勢いは最高潮に達した。加えて、フィルモアは再選のチャンスを失った。
冗談のつもりであったヘンリー・ルイス・メンケンによるフィルモア大統領の浴槽の話は当時の著名人によって作られたことから、多くのアメリカ人が「真実である」として、人々は信じる傾向があった。時代は変わり、近年作られた最悪の選挙詐欺の話はメンケンの作り話とは比較できない性質であるが、一年以上が経過した今日も、選挙が「盗まれた」との作られた話を信じている人々がいるという事実がある。時代が変わっても、著名人や権力のある人々が語る話は、特にそれが大統領に関連しているか又は大統領である場合、それを信じる人間の心理は変わっていないことを示唆している。