続編1:大統領選年と経済の歴史

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第40代大統領ロナルド・レーガン(1981 – 1989)、第41代大統領ジョージH・W・ブッシュ(1989 – 1993)、第42代大統領ビル・クリントン(1993 – 2001)、第43代大統領ジョージ・W・ブッシュ(2001– 2009)、第44代大統領バラク・オバマ(2009– 2017)、第45代大統領ドナルド・トランプ(2017– 2021)、第46代大統領ジョー・バイデン(2021– 現在)の7人の大統領の選挙年と任期中の総体的な経済状況を見ることで、どちらの党の大統領が経済向上に貢献したかを検討して見た。以下の年数はそれぞれの大統領が就任する前の最後の年または選挙年にあたる。これらの記録を見ると、最近の一部有権者は、共和党が大統領である場合、米国の経済はもっと良いと述べている彼らの大統領と経済に関連する見識には誤解があることを示唆している。

1980年の経済(共和党大統領)

元俳優でカリフォルニア州の共和党知事であった候補者ロナルド・レーガンは、再選に直面していた民主党大統領のジミー・カーターを打破した。1980年の大統領選年は、短期的な景気後退に直面していた。1979年6月から1980年 7月までの不況の期間に、製品生産産業は140万人の雇用を失い、1981年から1982年の短期的な景気後退により同じ部門で回復したのはわずか40%であった。全産業は110万人の純雇用が失われた。1981年から1982年の景気後退は2桁のインフレーションの終焉をもたらした。

1984年の経済(共和党大統領)

現職の共和党大統領ロナルド・レーガンは1984年に民主党の元副大統領ウォルター・モンダを打破し、二期目の再選に勝利した。米国の経済は回復から2 年目に入ったが、インフレは加速しなかった。1984 年の第 1 四半期には、雇用と生産の増加が記録的な速さで加速した。 新車販売は1979年以来の最高水準に増加した。住宅着工件数は 1978 年以来の最高値に達し、景気回復の力強さを示した。供給不足が発生したが、これは回復初期には異例のことであった。 問題を抱えていた煙突業界の一部でさえ、1984年には利益を報告する予定であった。レーガンの8年間の主な経済政策は、連邦所得税の減税、政府支出予算の削減、政府職員の削減、福祉プログラムの削減、低金利の維持であった。減税を強調したレーガンは、トップ層を潤すとそれは下層まで潤すというトリクルダウンと呼ばれる経済理論に固執し、それは歴史的に共和党の基本的な政策となったが、経済専門家は、それが機能している証拠はないと主張している。

1988年の経済(共和党大統領)

共和党現職副大統領ジョージH・W・ブッシュは、この年の選挙でマサチューセッツ州知事マイケル・デュカキスを打破した。レーガン大統領の8年間の大統領任期中、年間赤字はGDPの平均4.0%であったが、レーガン以前の8年間の平均は2.2%であった。また、公的債務は1980年のGDPの26%から1988年にはGDPの41%に増加した。失業率は 1980 年の 7% から 1982 年の 11% に上昇し、1988 年には 5% に低下した。インフレ率は 1980 年の 10% から 1988 年に 4% に低下した。ジョージH・Wブッシュは、新たな税金は課さないと述べ、「私の唇を読んでください」と述べたセリフは有名である。彼の経済は前政権から大きな変化はなく、赤字、予算のバランス、米国の経済修復が大統領の課題であったが、それは達成されなかった。

1992年の経済(民主党大統領)

アーカンソー州知事であった民主党候補者のビル・クリントンは1992年の大統領選で現役ジョージ H・ Wブッシュを打破し、勝利した。クリントンは、米国の経済成長に記録的な貢献をした数少ない大統領の一人である。1992 年、1,000 万人のアメリカ人が失業し、国は記録的な赤字に直面し、貧困と福祉の負担が増大していた。しかし、クリントンはアメリカ人700万人の貧困を減少させた。クリントンが就任して以来、レーガン・ブッシュ時代の平均成長率は2.8%だったのに対し、経済成長率は年平均4.0%となった。 加えて、1998 年から 2000 年の3 年間で公的債務は 3,630 億ドル削減し、米国史上最大の債務返済に成功した。ロナルド・レーガン大統領とジョージH.Wブッシュ大統領の下では、国が抱える借金はこの4倍であった。

1996年の経済(民主党大統領)

1993年1月から 2001年1月まで第42代大統領であったビル・クリントンは1996に二期目の再選に勝利した。クリントンが大統領であった時の経済状況は、近年の大統領の中で史上最高を記録した。クリントン下の経済は 8 年足らずで 2,250 万人以上の雇用を創出した。 経済は116カ月連続で成長し、史上最高を記録した。これは、単一政権下でこれまでに創出された雇用としては最も多く、過去 12 年間に創出された雇用を上回った。1993年以来、実質世帯収入の中央値は、1993年の42,612ドルから1999年の48,950ドル(+ 6,338ドル)まで増加した。全体の失業率は 30 年以上で最低レベルに低下し、1993 年の 6.9 %から 2000 年 11 月にはわずか 4.0 %まで低下した。また、 1960年代以来最低のインフレ率を達し、ケネディ政権以来最低の平均2.5%であり、前政権時代の4.7%から低下した。 貧困率は1993年の15.1%からクリントンの二期目の6年後には11.8%まで低下し、貧困の減少としては過去30年近くで最大となった。これらの記録はクリントンの経済功績の一部に過ぎないが、クリントンは前政権からの財政赤字を記録的な黒字に変えた数少ない大統領の一人であった。クリントンが目覚ましい経済的成功を収めた背景には、それなりの戦略に基づいており、偶然ではない。例えば、クリントン政権は1993 年の就任初年度に、⑴ 財政赤字を解消し、金利を低く抑え、民間部門の投資を促進し、⑵ 教育、訓練、科学、研究を通して人材に投資し、⑶ アメリカの労働者が海外で競争できるように海外市場を開放するなどの経済政策を打ち出し、それに集中した事である。つまり、クリントン大統領は経済的リーダーシップが秀でていたということである。

2000年の経済(共和党大統領)

第41代大統領ジョージ・H・W・ブッシュの長男である共和党候補でテキサス州の知事ジョージW・ブッシュは、クリントンの現職副大統領アル・ゴアとの大統領選挙で、フロリダでの投票で勝利者が不明であったため、人気投票ではゴアは543,000以上ブッシュをリードしたが、米国最高裁が介入し、ブッシュの勝利を決定した。第43代大統領となったジョージ・W・ブッシュは、就任した最初の年2001 年から数年間大幅な所得税減を行い、2 つの戦争による軍事支出を大幅に増加させた。これは債務の増加に繋がった。

2004年の経済(共和党大統領)

2004年に二期目に再選されたジョージW・ブッシュの同年の経済はプラスの側面とマイナスの側面があり、米国経済の評価には幾つかの要因が含まれている。プラスの側面では、世界的経済は全般的に大幅な成長を遂げた時期であった。GDP成長率は中国9.5%、インド6.6%、インドネシア6.7%、アルゼンチン8.3%、ブラジル4.9%、ユーロ圏1.6%となった。米国の金利は4.4%で、欧州よりは高かったが、新興国よりは低かった。第 2 の要因は、2004 年に米国経済が非常に強力な刺激策を講じていたことである。2003 年の短期金利は 1.02% で、1954 年以来最低であり、インフレ後は実際にはマイナスであった。マイナスの側面で、連邦政府は3,806億ドルの財政赤字を計上し、米国は海外から6,000億ドルという記録的な資本流入を経験した。ジョージW・ブッシュ政権下で、2001 年と 2003 年に大幅な所得税の削減行い、住宅バブルとその後の大不況によって、2007 年から 2008 年のサブプライム・ローン危機に直面した。(続)

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