現役のニューヨーク市長エリック・アダムスは賄賂と詐欺の疑いで告訴されたことが26日のトップ・ニュースである。アダムス市長の腐敗は、特に珍しいことではない。腐敗の歴史は1800年代に遡り、彼以前の複数の市長も含めて、ニューヨークでは複数の市長によるスキャンダルの歴史がある。ニューヨーク市は、政治家が腐敗しやすい環境があるように見えるが、今回のケースは、最も犯罪の規模が広範である点で驚きである。
エリック・アダムスは、彼の政治的影響力と引き換えに富豪な外国人から不正のお金を受けていたようである。彼は賄賂と不正の送金および非合法の寄付を受けた容疑で26日に告訴された。同州の民主党同僚達は、市長に辞職するよう求めているが、有罪判決によって懲役刑の可能性があるものの、彼は辞職を拒否しているようである。彼は26日の記者会見で、まだ830万人を代表する市長としてやるべき仕事が多数あると述べた。しかし、彼は2021年に市長になる前から不正を行っていた記録があるという。起訴状を引用したワシントン・ポストの報告によると、アダムスは、2014年にブルックリン区長に就任後、「裕福な外国人ビジネスマンや、自身への影響力拡大を狙うトルコ政府高官の少なくとも1人から、豪華な海外旅行などの不正な利益を求め、受理した」という。2016年と2017年に、トルコの国営航空会社を利用した「無料または大幅割引の豪華航空旅行」を受け、インド、フランス、トルコ、スリランカ、中国を旅行したとされる。これらの旅行は、匿名のトルコ当局者がアダムスの影響力を獲得するための活動の一環とされている。彼は「トルコ外交機関の高官」とされており、これらの旅行について明らかにしなかったという。アダムスは市長選に勝利する過程で「外国からの寄付を含むダミーの寄付(摘発を逃れるために他人を通して行われる寄付)を承知で受け取った」とされている。
また、同氏は自身の選挙運動を「多額の資金援助で」支援した人々の要請には応じたが、「支援が不十分な人々」からの要請は拒否したという。更に、アダムスと周囲の人々は連邦捜査官を妨害し、「国民と法執行機関による調査から不正行為を隠蔽」しようとしたと起訴状は非難しているという。アダムス容疑者は関係者とのメッセージを削除し、給付金を支払ったと偽って証拠書類を捏造した罪でも告発されている。今年6月、FBIはアダムスの2021年の選挙運動にダミーの寄付をしたとされるビジネスマンを聴取した。アダムスの従業員はそのビジネスマンを訪問し、「連邦捜査官に嘘をつくよう勧めた」後、市長はこの人物が法執行機関に協力しないだろうと信じていると述べたという。2023年11月6日、FBIはアダムスの電子機器の一部を捜索し、翌日、召喚状で個人用携帯電話を提示させた。しかし、その携帯電話はロックされており、アダムスは捜査中にスタッフが何かを削除しないように11月5日にパスワードを変更したと述べたとされている。その後、携帯電話を渡したとき、アダムスは「設定したばかりのパスワードを忘れた」と言ってロックを解除できなかったと述べたという。捜査当局は、調査を避けるためにアダムスが講じた手段であったことを示唆した。また、アダムスは、安全上の懸念にもかかわらず、マンハッタンの高層ビルにトルコ領事館を入居させようとし、消防署に建物の開設許可を求めたとされている。トルコ領事館は「トルコの家」と呼ばれる36階建ての建物を2021年9月にオープンすることを望んでおり、これはアダムス容疑者への影響力を求めていたトルコ当局者にとって優先事項であった。
通称ジミー・ウォーカーと呼ばれたジェイムス・ジョン・ウォーカー(1881年6月19日 – 1946年11月18日)は、1926年から1932年までニューヨーク市長を務めた。リベラル派であり、強力なタマニー・ホール(1786 年に設立され、1789 年 5 月にタマニー協会として法人化された民主党の主要な地方政治組織)の一員だった彼は、汚職スキャンダルで辞任を余儀なくされた。ウォーカーは、市の契約を求めていたビジネスマンから多額の金銭を受け取ったことで、ウォーカー政権内の汚職に関する調査に直面し、証言を強いられることになった。この当時、同州の知事であったフランクリン・D・ルーズベルトは、ウォーカー市長の下でニューヨーク市が腐敗の象徴になっていた為、ウォーカーと彼の政権に対して何らかの対策を講じる必要があると感じていた。ルーズベルトからの圧力に直面したウォーカーは、自分が受け取った金額は賄賂ではなく「慈善」であると述べた。彼はルーズベルトの大統領選の指名が確定するまで、個人的な面会を延期した。その時、苦境に立たされたウォーカーは、もはや彼に降りかかる犯罪容疑の捜査に対抗することができなかった。大統領選挙まで数ヶ月となったとき、ルーズベルトはウォーカーを解任する必要があると決定した。ウォーカーはこれに同意し、1932年9月1日に辞任した。
ウィリアム・オドワイヤー(1890年7月11日 – 1964年11月24日)は、アイルランド系アメリカ人の政治家で、1940年から1945年までキングス郡地方検事として政治キャリアを開始し、1946年から1950年までニューヨーク市の第100代市長を務めた。1949 年に市長に再選された直後、オドワイヤーはキングス郡地方検事マイルズ・マクドナルドによって発覚した警察の汚職スキャンダルに直面した。オドワイヤーは 1950 年 8 月 31 日に辞任したが、その後、1950年から1952年までメキシコ大使としてハリー・トルーマン大統領に仕えた。彼は1951年にニューヨークに戻り、組織犯罪者との関わりについての召喚を受け、1952年12月6日に大使を辞任したがその告発は彼の生涯にわたって続いた。
ビル・デ・ブラシオ(1961年5月8日生まれ)は、イタリア系の母親とドイツ、スコットランド・アイルランド系の血を引いていた父親との間に生まれた。2014年から2021年までニューヨーク市の第109代市長を務めたデ・ブラシオは、市と取引のある寄付者から選挙資金を受け取らない規定に違反した可能性があるとして、選挙資金調達のスキャンダルで連邦選挙資金調査に直面した。デ・ブラシオ市長はこの資金調達イベントを公表せず、記者の質問に対して主催者を明かさなかった。しかし、同氏は彼の資金調達方法は公正であると主張し、2017年に起訴に至らず、数ヶ月後には再選に楽勝した。しかし、彼の資金調達戦術は彼を窮地に追い込んだ。デ・ブラシオ市長は2013年、自身の政策を支援するため、非営利団体ワン・ニューヨークのためのキャンペーンを設立した。この組織は、2016年に選挙資金違反の疑いで連邦調査の対象となった。ニューヨーク南部地区の連邦検察官は、寄付者から数千件の電子メールと文書を召喚し、寄付者がデ・ブラシオ政権から好意的な扱いを受けていたかどうかを確認した。この捜査により、協力証人となったデ・ブラシオ市長への寄付者2人が起訴された。一人はレストラン経営者であり、市長の実際の選挙資金口座にダミーの寄付をすることで市長に賄賂を贈ろうとしたことを認めた。別の一人は不動産開発業者であり、共謀罪で有罪を認め、後にデ・ブラシオ市長との親密な関係や、寄付や資金調達によるその他の利益について証言した。2017年の捜査終了時に、連邦検察官は彼が便宜を図ろうとする寄付者のために行動したと述べたデ・ブラシオを起訴しなかった。彼は任期が切れたため退職した。
要するに、これらはニューヨーク市長によるスキャンダルの歴史の一部である。ニューヨークは、市長、警察官、検察官、裁判官などが直接的または間接的に、マフィアとの関与および汚職の歴史がある。不動産と建設業が盛んであった時代、ニューヨークではマフィアが不動産ビジネスに深く関与しており、歴史的に腐敗の政治的環境がある。2016年の大統領選前から不動産王と呼ばれていたドナルド・トランプは、マフィアらと長年交流があることで知られている。デ・ブラシオ市長は、選挙資金調達イベントのスキャンダルで連邦調査に直面したが、告訴されなかった為、彼の後継者となったエリック・アダムスが選挙に必要な資金を調達する為、トルコ政府から賄賂を受けたとされ、証拠隠滅のため、記録を操作し、虚偽を語り、捜査妨害をしたという容疑は、他の市長のどの犯罪よりも深刻なようであり、特に、彼の前任者デ・ブラシオ市長とは多大な違いがある。アダムスは、信頼できそうな市長ではないと感じていたため、ポストの報告には驚いていないが、質が非常に悪いため、辞職を余儀なくされることは必然的である。