経済機会均等法が制定された日

本日8月20日は、36代米国大統領リンドン・ジョンソンが1964年の経済機会均等法に署名した日である。この法案は、当時のジョンソン大統領の経済政策「偉大な社会」運動の一環として、貧困との戦いをスローガンに制定されたものである。法制定は、教育、医療、住宅、雇用拡大、貧困家庭への福祉政策プログラムを充実させることが目的であった。初めて、公立教育への連邦政府の大規模な援助が実施され、高度教育の奨学金制度も充実させた。また、連邦政府の住宅部門も開設された。更に、移民法は入国数を限定したが、1920年に改正された国籍に基く移民法を改正し、ヨーロッパ、アジア、アフリカなど世界各国からの移民の入国を拡大したため、アジアからの移民数が記録的に拡大した。

経済機会均等法の制定は特にマイノリティや貧困層の経済向上を目指すため、地域共同体での活動プログラムを制定し、行政の様々な仕事の経験と雇用機会を与えた。政府は弱者を救うこのプログラムに多額の予算をあてたが、予算の割り当てや行政的な問題があって維持しなかった。最大の原因は、ベトナム戦争をエスカレートさせたため、軍事費が増大し、ジョンソン大統領の「偉大な社会」を目指す経済政策は不成功に終わった。しかし、連邦政府の援助により、医療拡大は歴史的な成果をあげ、利用者も数百万増大した。また、1950年代には約20%だった貧困率は10年後には約10%まで減少させたため、飢餓と貧困は記録的に減少した。貧困の減少は当時の経済成長も大きな要因であるが、一般的に歴史家の間では、ジョンソン大統領の経済政策が一因であると評価されている。

米国は1930年代のフランクリン・ルーズベルト時代から社会福祉政策に重点を置くようになるが、ジョンソン大統領の国内経済政策もジョン・F・ケネディの意志を受け継いだものである。しかし、連邦政府による莫大な出費が膨大したことは言うまでもない。1964年には100億ドル以上の減税法案に署名したジョンソンも減税を支持し、連邦政府の赤字を増大させた大統領のひとりである。しかし、増税と数年後の本格的な経済成長により、連邦政府予算調整を可能にしている。ベトナム戦争の軍事費を増大させたため、国民の辛辣な批判を浴びたが、教育、福祉、医療費を削減しなかった点で、国民の繁栄の為に戦った政治家であったと言える。リンドン・ジョンソンの「偉大な社会」運動の構想は民主党の遺産として、今日も語り継がれている。

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