
戦争前のキエフ By Solo guides
ロシア軍の主要な目的はウクライナの首都キエフを占領し、政府を打倒することであったが、結局ロシア軍は、キエフから引き下がっていると4月2日に報告されている。ロシア軍隊は死亡した兵士の死体および燃えた戦闘車や戦闘機を放置したまま、キエフを去り、東部地域に集中し始めたようである。結局、最近ロシア軍の将軍が発表した方針通りになっている。しかし、西側は警戒を緩めていない。兵士の数やミサイルなどの武器の保持に関しては、ウクライナ軍より遥かに超える規模であると言われているロシア軍は、なぜキエフを撤退したのか?
ロシア軍は2月24日ウクライナに侵攻して以来、ドニエプル川の両側からキエフの周辺にある街を包囲し、ショッピング・モールや学校など多数の主要な建物を崩壊した。ロシアのセルゲイ・ルドスコイ将軍は、キエフ周辺の軍事活動を大幅に減少することを約束したことが先月25日に報告された。ロシア軍は事実上、首都への前進が停滞したことを認めたようである。ウクライナ人は首都の外にある一連の町を取り戻したと主張し、少なくとも部分的にロシア軍は撤退したことを示した。ロシアがキエフを占領できなかった原因について、2日のニューヨーク・タイムスは説明している。それらは、幾つかの観点に分類することができる。
⑴ 大都市を占領する事は困難な地形的問題がある。特にキエフは巨大な都市であり、ニューヨーク市よりも陸地が広く、ロシア軍が何週間も捕獲しようとしてきたマリウポリの5倍の大きさである。オープン・スペースの訓練を受けたロシア軍も市街戦の基本的な現実に苦しんでいる。細かく編成された軍隊でさえ、キエフを確保するために必要なブロック間の奮闘に苦戦し、ロシア軍はキエフを取り囲むことすらできなかった。市街戦キャンペーンは初日に失敗し、ロシアのヘリコプターは、キエフ郊外のホストメル飛行場を襲撃しようとしたが、激しい抵抗に遭遇した。ロシア軍隊は空港を保持できなかったため、首都に侵入するために必要な空挺部隊を迅速に編成することができなかった。2日目、ロシアは小さな軍隊を直接キエフに送り、ウクライナ政府を迅速に倒そうと考えていたようであるが、キエフのような大都市のために戦うことは、悪名高いほど困難であり、流血の戦いは時間がかかる。
一方、反対勢力であるウクライナ軍にとって、隠れる場所は沢山あり、高層ビルに野営することができる。崩壊された建物の瓦礫は戦闘機を隠し、立っている構造物も隠すという利点がある。 例えば、ロシア人が撤退を余儀なくされる前に、ウクライナ軍は幾つかのロシア軍の車両を上空からの砲撃によって破壊した。更に都市を2つに分割するドニエプル川は別の防御資源である。橋は敵の進行が簡単に理解できるため、ロシア軍の前進をさらに制限している。ウクライナで軍事顧問を務めた元大佐のリアム・コリンズは「ウクライナは、補給を維持するために、可能な限り遅く橋を吹き飛ばす」ことで、侵入を防ぐことができると述べた。橋の1つを渡った後でも、ロシア軍は西側に到達するためには、急な斜面を登る必要がある。ウクライナ人は、橋やダムを爆破し、キエフの北部地域を氾濫させることで、ロシアの前進をさらに抑制していた。
⑵ ロシアは、自国を保護するというウクライナ人の決意を大幅に過小評価していた。ロイヤル連合サービス研究所の軍事アナリストであるニック・レイノルズは、ロシアの指導部は、ウクライナが戦闘の最初の兆候で崩壊し、ヴォロディミール・ゼレンスキー大統領は逃亡するだろうと誤解したとし、「それはウクライナの社会とウクライナの国を理解するための壊滅的な失敗でした」と言った。ゼレンスキーは逃亡するどころか、毎日、広報キャンペーンを行い、頻繁に海外のリーダー達に援助を求めるという通信戦略に成功している。
⑶ 一方、ロシアは情報、空軍力、工学的な戦略による能力に劣る可能性がある。ロシアの軍隊と陸戦を研究しているアナリストのスコット・ボストンは、ロシアが地上部隊を諜報機関、空軍力、工学で調整できないことを考えると、ウクライナの戦闘機の数より10倍超過している場合でも、この都市を占領するには不十分かもしれないと述べた。また、この分野には 「得意である必要があります。そして、ロシアが大規模な市街戦を行うために訓練したという本当の証拠はないと思います。」と言った。また、ロシアはキエフの都市を取り巻くという戦略に失敗した後に、重要な武器や物資の侵入を阻止するため、外側を円状に取り囲み、内側のもっと狭い部分で敵の勢力を封鎖するという、より強力な攻撃のための基盤を固める戦略を準備した。しかし、ロシアの攻勢は両方の円状による取り囲みを完了する前に行き詰まり、ウクライナの補給線を保持した。ロシア人が近づいた場所でさえ、彼らは都市に入る主要なルートがほとんどなかった。その予測可能性は、十分に防御された都市を占領する事が非常に困難であることを一部示した。市街戦に関する本の著者であり、ウォーリック大学の教授であるアンソニー・キングは、攻撃の主要線はウクライナによって阻止され、強化され、バリケード化される可能性があると述べた。
⑷ ウクライナ軍の戦略と防衛は巧みである。ウクライナ軍は主要道路沿いのロシア軍陣地を執拗に攻撃した。対戦車ミサイル部隊の指揮官であるタチアナ・チョルノヴォル中尉は、ブロバルイ近くのロシアの戦車を爆破したと述べ、「私たちは、一続きの道路が見える射撃位置を探しています。軍兵が道路を走行することを知っています」と付け加えた。 ウクライナ軍が公開した映像に見られる先月のブロバルイ郊外での戦闘では、ロシアの戦車は、待ち伏せしたウクライナ軍の砲撃と対戦車ミサイルによってされて破壊された。また、 ロシアの前進は一連の不可解な後方支援の失敗によって弱体化した。ドニエプル川の西を進む何千人もの軍隊は、狭い道をたどる必要があった。鉄道がないため、彼らはベラルーシからの物資をトラックのコンボイ(護送団)で運んだが、繰り返し、ウクライナ軍に待ち伏せされた。
ロシア軍は市の北西の郊外にあるキエフに近づいたが、これまでの最も重大な幾つかの戦いで、ウクライナ軍はロシアの前進を停滞させ、装甲車両の列を待ち伏せし、大きな損失を引き起こした。 川の東にあるロシア軍は、彼ら自身の供給問題に苦しんでいた。北から前進したロシア軍は、チェルニーヒウの街を占領することに失敗し、ウクライナ人は街の北側で戦う余地を残した。サミーから東に約175マイルの別の脆い前進で、一貫した攻撃ラインを確保することがなかったロシア軍は、頻繁に彼らを衰弱させるウクライナ軍の反撃に直面した。アナリストによると、キエフ付近で停滞したロシアの戦争は、より広範な戦略的失敗を反映している。ロシア軍隊の兵士たちは十分な支援なしに戦闘に投入され、多数の攻撃ラインはウクライナ全体にあまりにも薄く伸ばされた。ロシア軍より小さなウクライナ軍は非常に過小評価されていた。アナリストであるボストンは「皮肉なことに、作戦が行われた愚かさは本当に驚くべきものでした」と語った。
要するに、ウクライナとロシア軍の双方は物理的に大きな損失を被っている。しかし、ロシアはウクライナの人々を大幅に過小評価し、多大な誤算により、訓練されていない兵士を、慣れない地形に送り、地理的に困難な大都市であるキエフでの奮闘は、開始から38日目に徹底するという状況に変化した。ロシアは、戦いの中心を東部に変えたが、米国とNATOは、キエフを占領する為のロシア人の戦いはまだ再開される可能性があり、ウクライナ軍を拘束し続け、都市を包囲する可能性について警戒している。ロシアの同盟国であるシリアからの数百の兵士は既に、ウクライナに入っていると言われている。ロシア軍は再び首都を攻撃するために軍隊を召集しようとする可能性もあるが、現在のところ、ロシアがキエフを完全に制覇するとの目標を達成することは不可能な状態であるとタイムスは述べている。