ドナルド・トランプ大統領は2016年のキャンペーンで、政府をビジネスと同様に運営すると述べたことがある。そして、二期目は、一期目よりその方針をもっと明白に実施している。しかし、政界に入る前にファミリー・ビジネスを行なっていた同氏のビジネスと米国政府の運営とは規模と性質が大幅に異なるはずである。ビジネスを経営している社長がビジネス業績の成果の良し悪しを示唆するその数字が気に入らないからと言って、その責任者を解雇しても、彼の会社にはさほどの影響はないかもしれないが、第二世界大戦後からグローバル規模の責任がある米国政府となるとそれは別問題である。
同氏は、既にビジネス感覚で、政府を運営していることが既に明らかになっている。関税はまさにその一例である。トランプ大統領は、関税率について多くの貿易相手国と交渉を行い、多くの国はその交渉に応じた。米国に投資をすると約束した日本は15%で交渉が成立した。ビジネスは、売り手と買い手との交渉が重要な鍵を握るため、その交渉力は非常に重要であり、一企業のビジネスは米国政府とは異なり、交渉力がある方が有利になる。しかし、米国政府は長年世界のリーダーとしての顕著なパワーがあることから、関税率の交渉を求める諸国は、米国に対して、ビジネスマン同士の交渉とは異なり、対等な立場ではない。大統領は、その優位性を利用して交渉相手が、米国に利益のある交渉に応じない場合、高い関税を課すことになっている。
この状況をニューヨーク・タイムスの記者アラン・ラペポートは、「大統領の2期目の貿易政策は、彼の『アート・オブ・ザ・ディール(取引の芸術)』的なアプローチを明確に反映しており、本質的には貿易相手国に対し、投資誓約の形で資金を提示するよう要求し、さもなければ天文学的な高関税に直面することになる」と述べている。また、ラペポートは「こうした財政的約束は、トランプに交渉力の手腕を分かりやすい言葉で示し、アメリカに持ち込む巨額の資金を誇示する機会を与え、彼の通商政策のリアリティ番組的」なアプローチをさらに強化しようとしている。トランプ政権は8月7日の「期限を前に数十カ国との貿易協定締結を急ぐ中、国際市場の開放や米国の貿易赤字削減に留まらない戦略を採用している」と述べている。
アート・オブ・ザ・ディール(Art of the Deal)は、不動産王と呼ばれたトランプがビジネスの成功を綴った1987年11月1日に出版した書籍のタイトルである。ニューヨーク・タイムスのベスト・セラー・リストで約3ヶ月間1位が続いた書籍である。トランプはニューヨークでは、庶民の地域とされたクイーンズでの幼少期について語り、ブルックリンでの仕事、マンハッタンでのトランプタワーの開発、トランプ・オルガニゼーションを設立したことや、複数の不動産の仕事に成功したこと、ノーマン・ピールの『肯定的な思考の力』に着想を得たことや、ビジネス成功のための「11段階処方」および様々なプロジェクトにおける彼の行動と思考についても書かれたもので、いわゆるビジネス成功法のアドバイスを提供している書籍であり、ゴーストライターが書いたとされる。
トランプ大統領は、実際にはカジノを含む複数の倒産も含めて、紆余曲折を経験したビジネスマンであるが、彼個人が運営する会社では、最高経営責任者として、ほとんど彼が好きなように振る舞うことが可能であったかもしれない。しかし、全米に支店がある非常に規模の大きい企業の創始者となると、彼らの言動の責任はもっと重くなる。さらに、米国政府は第二次世界大戦後に、NATO、 WHO、IMF、世界銀行など様々な組織を設立し、世界の指導国となった米国の大統領の責任は甚大である。従って、政権内の誰かを解雇することは非常に慎重でなくてはならない。特にその理由は重大である。
例えば、労働統計局(BLS)は8月1日に米国の7月の雇用情勢を発表し、73,000の雇用が追加されたと報告した。その直後、大統領はその数値が、予想外に低かった為、「偽造された」統計であるとして、その担当官を即時に解雇したのである。この日、株式市場はその数値に反応した。しかし、この解雇に反応したのは投資家である。そして4日の今日も、この解雇は問題であるとして反響が続いている。投資家は、BLSの雇用統計は信憑性があるものとして、投資決定を行うため、大統領がその統計は「偽造」であると公的に宣言すれば、投資家は将来の投資の展望を失うことになる。トランプ大統領は、バイデン大統領に2023年7月に指名され、2024年1月下旬に上院で承認されたエリカ・マッケンターファーに対して、根拠のない批判に基づき、彼女を解雇した。大統領は、彼の人々を起用したいと述べたとされ、他のホワイトハウスの複数の側近は大統領を擁護している。しかし、新たに採用されたトランプ政権内のBLSの雇用統計報告者は、再度雇用統計が低い数字であった場合、正直に報告できるのかという疑問に基づく、信頼性の問題を投資家の間で引き起こしたため、それはグローバル経済にも影響を及ぼす可能性がある。従って、個人企業によるビジネス感覚で、重要な立場にいる連邦職員を容易く解雇することは非常に論争的になっているようだ。