
Photo credit : Deviant Art
19世紀に、連邦政府は帝国主義的な拡張に対する夢や哲学的イデオロギーを抱いていたようであり、アメリカ国民もそれを支持していた。アメリカ合衆国は西部へと進出していく過程で形成されたどのような文化的信念、富、権利に対する態度が、1898年以降の国家による帝国主義的拡張へと引き継がれていったのだろうか?
1849年のカリフォルニアにおける最初の「ゴールド・ラッシュ」を経て、彼らは西部を、富、冒険、好機、ロマン、そして個人主義が息づく場所としてイメージするようになった。また、ワイルド・ウェスト(荒野の西部)におけるカウボーイ文化もまた、フロンティア(開拓地)を象徴する力強くロマンチックなシンボルとなっていた。19世紀、入植者たちは「無償の土地」を手に入れられると信じていた。肥沃な大地と広大な森林は、豊かな資源をもたらすはずであった。実際、1862年に制定されたホームステッド法(自営農地法)は、家族経営の農家による入植を奨励するため、無償の土地を提供したのである。こうした夢を背景として、19世紀における西部への拡張は、マニフェスト・デスティニー(明白な天命)という概念によって正当化された。この概念は、アメリカが西へ向かい太平洋岸まで勢力を拡大することは、歴史の必然であると宣言するものであった。南北戦争終結後、この概念は、太平洋地域におけるアメリカの領土拡大や覇権確立を推進するために利用された。
1898年の米西戦争を経てアメリカがキューバやフィリピンを支配し、さらにハワイを併合した際にも、マニフェスト・デスティニー(明白な天命)という19世紀のアメリカ合衆国において広まった領土拡張主義的な概念は再び持ち出されたのである。この教義に加え、当時広く浸透していたダーウィニズム(進化論)のイデオロギーもまた、インペリアル・プレジデンシィ(帝王的大統領制)を正当化するための学術的根拠として利用された。ダーウィンの生物進化論は、人間も他のあらゆる生命体と同様に、優れた適応度の指標であった。富と権力のための競争や生存闘争といった原理の支配下にあることを示唆したこの思想は、アメリカ国内の一部の指導者たちに大きな影響を与えることとなった。
歴史は繰り返すというが、トランプ新政権は発足から数週間以内にキューバー政権の変化を求める動きを開始した。長年にわたり、国際テロ行為を支援してきたキューバ政権に対し、テロへの支援を停止するよう強く求めており、キューバーからの移民の子息である国務省の長官マルコ・ルビオは、キューバに対し、共産主義政権の終焉を長年提唱しており、断固たる措置を講じ、現在交渉を主導している。先月末、ドナルド・トランプ大統領は、ホワイトハウスの南芝で、ヘリコプターに搭乗する前の記者団との質問に応じ、「キューバ政府は我々と対話している」と述べた。大統領は「彼らには資金がない。今や、何一つ持ち合わせていないです。我々は、キューバを友好的な形で引き継ぐことになるかもしれない」と述べ、買収するとの見解を示した。3月5日にトランプ大統領はホワイトハウスのイースト・ルームでのイベントで、キューバとの合意が間近に迫っている可能性があると示唆したが、「数週間ほど様子を見る」予定であると述べた。そして、キューバ政府は最近、米国政府との間で協議を行った。ミゲル・ディアス=カネル大統領は金曜日この協議について「両国間の相違点に対し、対話を通して解決策を見出すことを目的としたものだ」と述べたことが3月13日に報告された。
トランプ氏は、2025年就任最初の年に、グリーンランドの買収を執拗に試みたが、同国からの強固な反対に直面し、遂に諦めたようである。しかし、最近視線を変え、現在キューバに対する「友好的な買収」を表明している。キューバーを取得する要求は安全保障を強調し、憲法で定まられた大統領の権限を超えた領土的野心および経済的威圧によるもので、19世紀のインペリアル・プレジデンシィに似たものがある。グリーンランド、パナマ、キューバはいずれも米国に買収されることを申し出たことはない。大統領のこれらの行動は、時代から逆流しているか、又は時代錯誤の一種であると思われる。
ジョージW・ブッシュ大統領は2003年3月、イラクの当時大統領であったサダム・フセインが、事実に反し、大量破壊兵器を保持していると主張してイラクに侵攻した歴史を回想させる。トランプ政権はイランに対して、昨年から一時的に軍事攻撃を行い、2026年2月28日にはイランが核兵器を生産しているとして、イスラエルとの合同作戦で更に本格的な軍事攻撃を開始した。しかし、複数の調査記事を読むと、専門家らはイランが核兵器を生産しているという「証拠はない」と伝えている。それでも、この戦争から二週間が経過した今日、爆破による破壊の頻度と死者数は各地で増加している。1970年代以来、米国の一般的な人々は戦争を望んでいないにも関わらず、平和的に交渉することを避け、破壊行為が伴うイランに対する軍事行動は、21世紀に再来した演技上のインペリアリズムの一形態であると思われる。