
1924年に米国に入国する移民 photo credit : Medium
ちょうど100年前の今日、ジョンソン・リード法が制定された日である。通常制定された日は、大統領が署名することで法律として成分化された事を意味する。1924年5月24日に制定されたジョンソン・リード法は1924年の移民法とも呼ばれている。これは、明らかな人種差別法であり、連邦政府は100年前から歴史的に人種差別的な移民法を推進していたという批判的な見方もあるが、米国政府の歴史家は、第一次世界大戦中の時代的背景に関連する理由及び国籍別の人口数に基づく割り当てを強調している。
ジョンソン・リード法と呼ばれる移民法は、この法律の起草者であるアルバート・ジョンソンとデイビッド・リードの二人の議員の名前が由来である。通常は1924年の移民法と呼ばれており、中国人排斥法と民族起源法が含まれている。この法律は、1924 年 4 月 12 日に下院で通過し、5 月 15 日に上院で合意に至った。そして、当時の第30代大統領カルビン・クーリッジ(共和党)によって1924 年 5 月 24 日に署名された。この法律は、アジアからの移民を禁止し、同時に東ヨーロッパ及び南ヨーロッパからの移民の数を制限した連邦法である。
連邦政府は1980年代の初期からアジア系移民に対する差別を開始し、議会はアジア系移民の数を制限する顕著な法律を制定した。その最も有名な例は、第21代大統領チェスター・A・アーサーが1882年に署名した中国人排除法(the Chinese Exclusion Act)であり、中国からの労働者移民は10年間停止され、1902年には中国人移民に対する排除政策は無期限に拡大された。2001年に出版されたハリー・H・L・キタノ及びロジャー・ダニエルズの共著「アジア系アメリカ人 : 少数派の台頭」によると、中国人に対する人種差別はリンチ、殺人、暴動につながった。この当時、全米の各地で生活していた中国人は約125,000人であった。この中国人排除法が制定された後に、非常に少数の日本からの移民が入国し始めた。1907年から1908年の間に米国と日本は「紳士協定」によって、日本人労働者が米国に入国する数を制限することに合意した。
議会は1917年に「立ち入り禁止区域」を設置し、中国人、南アジア、南東アジア、ロシアのアジア地域、アフガニスタン、イラン、アラビアの一部、米国が所有していない太平洋および東南アジアの島々は認められなかった。日本は外交上の理由に基づき、立ち入り禁止区域から除外された。フィリピン人と一部のサモア人は米国への入国を許可されたが、帰化することはできなかった。人種的、国家的、民族的差別は 1924 年の移民法で拡大され成文化された。その結果、日本からの移民は立ち入り禁止リストに追加されたのである。一方、北ヨーロッパと西ヨーロッパからの移民には比較的大きな割り当てが与えられ、 ヨーロッパ人が米国に入国することには寛大であった。例えば、英国と北アイルランドからは65,000人、アイルランドはほぼ18,000人、ドイツからは約26,000人であった。一方、日本を含む他アジア諸国からの移民数の年間割り当ては僅か100人であった。
米国議会の歴史家事務所の記録によると、第一次世界大戦中に国家安全保障をめぐる不安定な状況があったため、米国議会は1917 年に初めて広範に制限的な移民法を制定した。この法案には1924 年のジョンソン・リード法への道を開く幾つかの重要な規定が含まれていた。1917 年法には、16 歳以上の移民に対し、あらゆる言語の基本的な読解力を証明することを要求する読み書きテストが実施された。また、新たな移民が到着時に支払う税金も増加し、入国管理官は誰を除外するかを決定する際により多くの裁量権を与えられた。移民に関する議会の議論が1924年に始まったとき、割り当て制度は既に確立されていたため、議会はそれをどのように調整するかについて議論した。1924 年のジョンソン・リード法は、出身国別割当によって米国への入国を許可する移民の数を制限した。この割当て制度により、1890 年の国勢調査の時点で、米国内の各国籍の人口の合計2 %に移民ビザが提供され、アジアからの移民を完全に排除した。
1924 年移民法の最も基本的な目的は、そのすべての部分において、米国の均質性の理想を維持することであった。1924 年の移民法には、人種または国籍により市民権を得る資格のない外国人を入国から除外する条項も含まれていた。1790 年と 1870 年に制定された現行の国籍法では、アジア系の人々は帰化から除外されていた。その結果、1924 年の移民法は、これまで妨げられていなかったアジア人、特に日本人ですら、米国への入国を認められなくなることを意味した。多くの日本人は、紳士協定に違反するこの新しい法律に激怒した。日本政府は抗議したが、法律に変更はなく、両国間の緊張が高まる結果となった。それにも関わらず、米国議会は日本との良好な関係を促進することよりも、自国の人種構成を維持することの方が重要であると判断した可能性があった。
要するに、出身国別割当によって米国への入国を許可される移民の数を制限した1924 年のジョンソン・リード法は、アジア、南ヨーロッパ、東ヨーロッパからの移民を制限したものである。注目すべきことは、アジアからの移民は1882年の中国人排斥法によって、特に人種差別を受けていたため、1924年のジョンソン・リード法で更に深い影響を受けた。現在、米国に住むアジア人の人口数はどの程度だろうか? 2023年5月1日に報告された米国商務省の2021年の最新記録によると、アジア系の人口は2,400万人である。アジア系では台湾系を除く中国人の人口が最も多く520万人である。次に、インド系 480 万人、フィリピン系 440 万人、ベトナム系230 万人、韓国人200万人、日本人が最も少なく160万人である。これらの推定値は、特定の詳細なアジア人グループを単独で報告した個人と、その詳細なアジア人グループをひとつ以上の他の詳細なアジア人グループまたは別の人種と組み合わせて報告した人を表している。日本からの移民が最も少ない理由は、紳士協定に違反した1924 年のジョンソン・リード法の影響も含めて、米国の移民法の歴史にも関連性があるかもしれない。